PRSASHIKO DENIM

色落ちしたヴィンテージのデニムジャケットに、何十万円も払う大人がいます。あれは、誰かが何年もかけて着込んだ「時間」を買っているのだと思います。
ただ、時間には二種類あります。着た人が積み重ねた時間と、作った人が注ぎ込んだ時間。前者は市場に出回っていますが、後者を正面から売っている服は、驚くほど少ない。
TMMY(ティーエムエムワイ)のSashiko Denim Jacketは、その後者の一着です。使った刺し子糸はおよそ250メートル。制作にかかった時間はおよそ60時間。広島・福山で織られたデニムのハギレを、すべて手で刺し、一枚のジャケットへと組み直しています。
新品なのに、すでに物語を背負っている。今回はその中身を、素材・縫い・サイズ・買い方の順にほどいていきます。
経年は買える。手間は、買えない
デニムの魅力は、育つことだとよく言われます。着るほどに色が落ち、持ち主の体の癖がシワとして刻まれていく。その過程を楽しめるのは、たしかにデニムならではです。
けれど、大人になると気づきます。育てるには、時間がかかりすぎる。そして、他人が育てたものを買うのは、どこか借り物を着ている感覚が残る。
刺し子のジャケットは、その矛盾をあっさり解いてしまいます。最初から、表情がある。それは古着の色落ちではなく、作り手の針目です。誰かの過去を着るのではなく、自分のために費やされた手間を着る。ここが、ヴィンテージとはまったく違うところです。
古着は、誰かが着た時間を買うもの。
この一着は、誰かが縫った時間を買うものです。
素材:ロットの違いを、隠さない

使われているのは、すべて広島県福山市で織られたデニムです。福山は、江戸から明治にかけて藍染と織りの技術を培ってきた土地で、いまも国内有数のデニム産地として知られています。
面白いのは、TMMYがそこから「整った反物」ではなく、ハギレを買い付けていることです。デニムは製造ロットごとに、色味も風合いも生地幅も微妙に揃いません。普通の服づくりなら、そのばらつきは揃えるべきノイズです。
このジャケットは逆で、そのばらつきこそを素材にしています。ハギレの一枚一枚に加工を施し、組み合わせ、パッチワークのようにつないでいく。濃い藍の隣に、少し褪せた藍が並ぶ。その濃淡の差が、そのまま産地の生産背景の記録になっています。
当然、同じ組み合わせは二度と生まれません。この服が一点物と呼ばれるのは、手作りだからというより、素材の段階ですでに替えが効かないからです。
刺し子:藍で縦に刺し、生成りで境目を刺す


刺し子は、布を重ねて細かく縫い、補強するための日本の技法です。もとは生活の知恵でしたが、その針目の美しさから、いまでは意匠として受け継がれています。
このジャケットの刺し子は、二段構えになっています。まず、正藍染の刺し子糸で、縦方向に細かく刺していく。ハギレをパーツごとに一枚の布へとまとめる工程です。藍の糸は藍の生地に沈むので、遠目には生地の織り目のようにしか見えません。
次に、生成りの刺し子糸で、パーツとパーツの境目を刺す。こちらは白く浮き上がり、補強と装飾を同時に担います。つまり、目立たせない縫いと、目立たせる縫いを使い分けているわけです。
刺し子はすべて手作業で、その痕跡は表だけでなく裏にも残っています。脱いで椅子に掛けたとき、裏地側にまで針目が走っている。見えないところまで手を抜いていない服は、扱う側の背筋まで伸ばしてくれます。
藍の糸は、つなぐために沈める。
生成りの糸は、守るために浮かせる。
襟だけが、柔らかい
全身を刺し子で固めたジャケットのなかで、一か所だけ性格の違う場所があります。襟です。
襟には、同じ福山で織られた7/1綾のデニムが使われています。7/1綾とは、経糸が緯糸の上を7本分渡ってから1本くぐる織り方のこと。糸同士の絡みが緩やかなぶん、生地はふっくらとして、手に取ると柔らかい。
首まわりは、服のなかでいちばん肌に触れる場所です。そこにだけ柔らかさを置くのは、着る人への配慮であり、硬い身頃との対比でもある。全体が力強い服ほど、こういう一か所の抜けが効いてきます。
着丈70、身幅64。短く、広く着る

掲載サイズは、着丈70センチ、肩幅64センチ、身幅64センチ、袖丈61センチ。数字を見れば一目瞭然で、丈は短め、身幅はたっぷり。いわゆるボックス型のシルエットです。
この形は、大人にとってむしろ着やすい。体の線を拾わないので、腹まわりを気にする必要がありません。肩も落ちるぶん、中に厚手のニットを着込んでもまだ余裕があります。
合わせるなら、ボトムは細すぎないウールのスラックスか、無地のチノパン。上半身にボリュームがあるので、足元は革靴でもスニーカーでも、すっきりしたものを選ぶとバランスが取れます。インナーは白か生成りの無地。刺し子の境目の生成りと色がつながり、全体が自然にまとまります。
避けたいのは、デニムパンツとの上下合わせ。藍と藍が重なると、せっかくのハギレの濃淡がぼやけてしまいます。主役は、あくまでこの一着に任せてください。
「カートに入れる」では、買えない服
このジャケットには、もうひとつ普通の服と違うところがあります。買い方です。
TMMYのSashiko Denim Jacketはオーダー制作で、仕様と最終価格、納期を個別に確認してから作り始めます。公式ショップの掲載価格は286,000円ですが、その金額でカートに入れても注文は確定しません。まず相談があって、そこから一着が動き出す仕組みです。
そのかわり、サイズ変更とパターン制作に対応しています。色や素材の変更も、希望を伝えながら相談して決められる。既製のサイズ表に体を合わせるのではなく、自分の体に合わせて一点物を作ってもらえるわけです。
面倒だと感じるか、贅沢だと感じるか。この服に向いているのは、間違いなく後者の人です。
Sashiko Denim Jacket
福山デニム100%・手刺しの刺し子・一点物。着丈70/肩幅64/身幅64/袖丈61(cm)。掲載価格286,000円(最終価格は個別見積もり)
注文の前に、知っておきたいこと
- 価格と納期 仕様を確認したうえで個別に決まります。掲載価格は目安と考え、まずは公式ショップのオーダー相談から問い合わせを。
- サイズ 掲載サイズは着丈70・身幅64のボックス型。サイズ変更・パターン制作に対応しているので、普段のジャケットの寸法を手元に用意しておくと話が早いはずです。
- 色・素材の変更 希望を伝えたうえでの相談制。ハギレの組み合わせで仕上がりが変わるため、同じものは二度と作られません。
- 手入れ 手洗い推奨(30℃以下・中性洗剤)。漂白とタンブル乾燥は不可、形を整えて日陰で平干し。石油系ドライクリーニングとウェットクリーニング(弱処理)にも対応しています。
まとめ:60時間を、羽織る
福山で織られたデニムのハギレを、ロットの違いごと受け入れて組み直す。藍の糸で沈めるように刺し、生成りの糸で境目を浮かせる。襟にだけ、柔らかい7/1綾を置く。TMMYのSashiko Denim Jacketは、そのすべてを手作業で、およそ60時間かけて仕上げた一着です。
ブランドが掲げるのは、未来は常に懐かしく、過去は常に新しいという考え方。古い技法を懐古趣味で終わらせず、いまの服として着られるかたちに置き直す。その姿勢が、短く広いシルエットにも表れています。
流行はめぐりますが、手間はめぐりません。一度注ぎ込まれた60時間は、何年着てもそのまま服に残り続けます。
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WARDROBE LAB編集部のひとこと
正直に言えば、最初に掲載価格を見たときは身構えました。けれど、刺し子糸250メートル、制作60時間という数字を知ってから見直すと、印象がまるで変わる。高いのではなく、かかっているものが見えているだけなのだと思います。
服の値段の大半は、ふだん見えないところに消えています。この一着は、その中身を針目として表に出してしまった服です。大人が一枚だけ「理由のある服」を持つなら、こういうものがいい。